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☆3月12日誕生日はこの方!

 おはようさんです。スギ花粉症に年々と鈍感になっています。たまに不意打ちのクシャミがある程度です。一番辛かった時の目の痒みも少ないので点眼薬もらいませんでした(ただでさえ点眼薬複数なので助かります)。去年までなら晴天の布団干しは縁側のガラス越しでしたが今年からは外でも大丈夫!ここ数日の強風も無さそうな日用ポカホカ予報の山奥です。やはり布団は太陽浴びさせないと行けませんね(-_^)。花粉症で苦しんでいる友達の皆さん、挫けず乗り切って下さい。その内に私のように鈍くなる可能性もあります。

 今日は‘駄菓子の日’です。生家のあった場所は今は廃れた歴史あるかっての駿信往還(現、静岡県と長野県をつなぐ幹線道路で国道52号線)沿いの宿場町の裏手にありました(今は道路拡幅で跡形もありません)。その家のあった場所の西向かいが駄菓子屋でその昔は金魚を売っていたそうで店の名前は‘きんぎょや’でした(笑)。そのきんぎょやさんも既になくなり周囲はセブンイレブンファミリーマート、やや離れてローソンの三つ巴の熾烈な客取り合戦中(^^;。駄菓子屋と言えばくじ!当たるとこんな物あんな物と景品が壁にずら〜っと並んでいました。当てた人を直に見たことはとうとうありませんでした。今は駄菓子の自販機もあるそうですね。こちら山奥にそんなものはありません。辺鄙な地方も便利になりました。ネットで買えます(-_^)。こんな物まであるとは(笑)。

https://www.youtube.com/watch?v=C1S7qQuXiTM

フットボールの楽しさ伝播のため愛の玉蹴り伝道師(笑)が凹まずお薦めの今日の動画はこれだ(-_☆)V!昨日はJ3もスタートしましたね。その内にJ3も取り上げます。渋々と10日のわんこの負け試合です(苦笑)。光明はブラジルに帰って膝の手術で今季出遅れていたドゥドゥがウィルソンとの絶妙なコンビネーションでまだ大差となる前に浦和の守備の間隙を突いて得点出来たことです(-_^)。

 甲府ハリルホジッチが大嫌いなおっちゃん守備5バックで有名?ですが、城福博監督から昨季までのガッチリ5ブロックではないんです。吉田達磨監督は相手や試合の中でSBどちらかを前に出る変則4バック(ごくたまに危なっかしい3バック)の時間帯を増やそうとしています。柔軟な守備を定着させて攻撃により早い展開を考えていると推測なのですが、この試合は浦和の右のMF関根貴大にやられた試合でした。浦和の“KLM”揃っての得点は彼の演出でした。甲府、対策出来ていませんでした。前半は今季まだ正GK出場ままならない状態の中の第二GK岡大生が頑張ってほぼ防戦の時間を踏ん張りました。逆に少ないチャンスのウィルソンのクロスに走り込んだ松橋優のシュートがクロスバーを叩いた場面は惜しかったです。後半は甲府の守りを分析したのか前半も攻撃に積極的なボール供給を試みていた関根がより切れ味鋭いクロスをバンバン入れて、次第に甲府は翻弄されて守備崩れて完敗。ま、変化の兆しを開幕から強敵と三連戦は勝利こそ無かったのですが好材料も少々(^^;。次説は最下位の大宮アルディージャ戦。まだ3試合でも16位ってのはイヤなもんで\xA4

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・Jリーグ・ディビジョン1第3節 浦和レッドダイヤモンズ (4-1) ヴァンフォーレ甲府

https://www.youtube.com/watch?v=dJHnLCMOmTc&feature=youtu.be

 

↑は珍しく音声入りハイライト拾えましたが削除ならこちらで。

https://www.youtube.com/watch?v=EtfGn72p0tU

・得点シーン1:後半12分、関根の右サイド突破からの流れのクロス→ゴール前に入った興梠慎三が決めて浦和先制。得点前に甲府守備当たってますね。

https://www.youtube.com/watch?v=YS4LwCO2xtc

・得点シーン2:後半15分、先制された直後に関根がクロス→武藤雄樹のヘッドで浦和追加点。これは関根のアシストやられました(_#)。

https://www.youtube.com/watch?v=wBOkXPVxwSo

・得点シーン3:後半31分、ウィルソンのクロス→後半から入ったドゥドゥが合わせて1点を返します!!!

https://www.youtube.com/watch?v=-ClQECBqR38

・得点シーン4:後半38分、また関根の突破からの攻撃で生まれたシュートのこぼれ球→途中出場の李忠成が押し込み浦和3点目。これは関根はクロスでなくてシュートですね。

https://www.youtube.com/watch?v=2QCaVbom0fg

・得点シーン5:後半45分+2分、駒井善成のパス→抜け出した甲府の橋爪勇樹に同じくこの試合がJ50試合出場となるラファエル・シルバが4点目。無駄な失点でした。遠征応援の知人はふて寝で帰宅(苦笑)。

https://www.youtube.com/watch?v=aClBWsw2Chs

※新規な方が見つかり難くなりつつあります(苦笑)。まだやるかの何年目突入か忘れてますが東西ミュージシャン(楽曲指名もOK)でもぞの分野の誰でも誕生日アップのリクエスト募集中。365日いつでも歓迎。下書きは大凡作ってありますが出来たら前日より前にお願いします。

★今日3月12日誕生日はこの方!

新潟県刈羽郡千谷沢村((現、長岡市)生まれの落語家、林家こん平(1943)。師匠は初代林家三平で58年当時の初代三平はまだ二ツ目で弟子は取れない状況も無理やり入門とか(^^;。師匠死去後は落語協会分裂騒動後に三平一門をまとめた功績のようですね。弟子たい平らが特徴上手に引き継ぐ2004年頃より多発性硬化症で闘病とリハビリで頑張っている「1・2・3、ちゃら〜〜〜〜〜〜ん!」。

秋田県鹿角市生まれの元日本代表(1970〜87年)のFWとMF、指導者、奥寺康彦(1952)。1970〜77年古河電工(現、ジェフユナイテッド千葉)で100試合36点→77〜80年1.FCケルンで75試合15得点の活躍は驚愕もの→80〜81年ヘルタ・ベルリンSCBで25試合8得点→81〜86年ヴェルダー・ブレーメン1899で159試合11得点ではポジション幾つかで左ウイングも楽しみで見ものでした→86〜88年古河電工で43試合3得点で引退。後発リーグながら当時もう世界最高峰のリーグはブンデスリーガ、「ダイヤモンド・サッカー」が待ち遠しい週末でした(笑)。あの頃これで日本のフットボールも直ぐそこに明るい明日が来たと錯覚(^^;でその後も暗黒時代日本でしたが70年代後半からブンデスリーガで約9年3つのクラブでほぼレギュラーは日本人選手欧州活躍第1号の‘東洋のコンピューター’のレフティー。代表では32試合9得点。監督歴は96年ジェフユナイテッド市原(現、ジェフ千葉)でしたかね。現在、横浜FCの長きGMから取締役会長。

・東京都世田谷区生まれの漫画家、タレント、文筆家(エッセイ・スホーツライター)、やくみつる(1959)。昔職場にあった「まんがプロ野球ニュース」→「まんがスホーツ」(もう廃刊でしたっけ?)で4コマ漫画でお馴染み(と言っても4コマはいしいひさいちが一番)でした。大半はプロ野球だったので飛ばし読みでしたが物議をかもすネタは面白かったです(笑)。「江川卓)ネタとか。

・埼玉県春日部市生まれで中学から千葉県八千代市育ちの元日本代表(2006年)のMF、佐藤勇人(1982)。妻は元モデルの松本ステファニー。ユース時代からのジェフユナイテッド市原(現、ジェフユナイテッド千葉)で2000〜07年158試合26得点→08〜09年京都サンガFCで62試合3得点→10年から再びジェフユナイテッド千葉で194試合29得点ですね。代表では2006年アジア杯イエメン戦で弟寿人と短い時間ながら出場で初の国際Aマッチ双子代表選手の記録でしたね。現役、頑張っているでしょうか。

・埼玉県春日部市生まれで中学から千葉県八千代市育ちの元日本代表(2006〜10年)のFW、佐藤寿人(1982)。↑の双子の弟ですね。ユースからで1994〜96年ジェフユナイテッド市原→2000〜03年ジェフユナイテッド市原トップ登録で22試合2得点→レンタルで02年セレッソ大阪で13試合2得点→レンタルで03年ベガルタ仙台で30試合9得点→完全移籍で04年ベガルタ仙台で44試合20得点のこの時期試合を仙台のスタンドで観ました→05年〜16年サンフレッチェ広島で383試合178得点で広島の顔でFWは点取り屋さん→17年からJ2に降格の名古屋グランパスですね。昨日は兄弟対決だったのでしょうか。歴代通算J1最多得点者の時期があった得点チャンスに鋭い嗅覚のあるゴール前のポジショニングは忍者でしたね。代表では31試合4得点。

★3月12日誕生日はこの方!(新規で〜す()

■今日誕生日!大分県大分市生まれの俳優でタレント、ラテン系ロック・シンガー、ユースケ・サンタマリア(中山裕介)(1971)。94年ラテン・ロック・バンドのBINGO BONGOでデビューして2年で解散して98年ソロとしてデビュー。篠原ともえとカロゴンズやトータス松本ビートたけしぢ・大黒堂のユニット?として活動がありました。その間に俳優としても活動開始で2000年代には活動を俳優とタレントに転向で08年に映画監督としてもデビューとか。俳優で活躍、実は近年の民放ドラマ観ていないので知りませんです(^^;。こちら、売れませんでした(笑)。

https://www.youtube.com/watch?v=_Gdx9t2y31c

◆前回までに登場の3月12日誕生日洋楽ミュージシャン!

ウィスコンシン州ミルウォーキー生まれのR&B・ジャズ・シンガーでSW、パーカッション奏者、アル・ジャロウ(Al Jarreau1940)。大学で心理学を学び卒業後はしばらくカウンセラー&セラピストとしての仕事→その後カリフォルニア州ロサンゼルスに渡り趣味から本格的に音楽活動でジャズ系ステージが評判で75年デビュー。81〜87年にかけて全米で5曲(トップ40内2曲)、全英で7曲(再リリース1曲含)がチャート入りの活躍があります。広い声域に独特のスキャットで知られているそうですね。

ウェールズグウィネズ州バンガー生まれのポップ・シンガー、タミー・ジョーンズ(Tammy Jones 1944)。60年代半ばからウェールズ語で子ども向けの曲を歌ってデビューして元々はラジオで40年代に始まったイギリスの人気テレビショー(50年代〜90年代まで放送のタレント発掘番組)「オポチュニティ・ノックス(Opportunity Knocks)」出身ですね。

カリフォルニア州ロサンゼルス生まれの女優でミュージカル及びポップ・シンガー、ライザ・ミネリLiza Minnelli 1946)。父親は映画監督ヴィンセント・ミネリ(Vincente Minnelli)で母親は女優ジュディ・ガーランド(Judy Garland)ですね。デビューは49年母親と共演で当時2歳。それからミュージカル舞台から映画で活躍は親の七光とは言わせない八面六臂の大活躍でした。

マサチューセッツ州ボストン生まれでノースカロライナ州チャペルヒル育ちのポップ・ロック・シンガーでSW、ギタリスト、ジェームス・テイラーJames Taylor 1948)。父親ノースカロライナ大学医学部部長だったとか。カーリー・サイモン(Carly Simon)と74〜83年まで結婚しています。兄弟他4人とカーリー・サイモンとの間の2人の子供も合わせて全員ミュージシャンのようです。

・イギリスのエセックス州(→ロンドン市)レイトンストーン(現、ウォルサム・フォレスト・ロンドン特別区)生まれのベーシストでSW、スティーヴ・ハリス(Steve Harris 1957)。誰も聞いてないと思いますが以前ちょっと触れているように彼はウエストハム・ユナイテッドFCの育成チームの選手だったようです。そのまま出身クラブの熱心なファンです。聴きたい音楽無いなら作るかと結成がアイアン・メイデン(Iron Maiden)で唯一残っている当時のメンバーでリーダーでベース担当。

・イギリスのランカシャー州ブラックプール生まれ(あらっ、北アイルランドではないようで)のポップ・シンガー、コリーン・ノーラン(コーリン・ノーラン)(Coleen Patricia Nolan 1965)。ノーランズ(The Nolans)のノーラン姉妹6女ですね。74年全員姉妹でノーラン・シスターズ(Nolan Sisters)6人で北アイルランドでの人気を得て全英デビューは彼女9歳をメインVoとするも失速。その後彼女一時期メンバー外で79年復帰でノーランズに改名で人気でした。

 こうした方々から一曲参ります。日曜日はアコースティックでジェームス・テイラーです。前にアップしています(昨夜は眠たくて選曲面倒になってしまって(^^;)、70年全米3位、全英42位の自作。2枚目となる同年のアルバム「スウィート・ベイビー・ジェームス(Sweet Baby James)」からカット。

・ファイアー・アンド・レイン - ジェームス・テイラー

 Fire and Rain - James Taylor

https://www.youtube.com/watch?v=JOIo4lEpsPY

 カヴァー幾つもありますが新しい方でこちら、2011年デビューです(-_^)。先だってラジオで聴いておじさんとしてはちょっと気になったでありました。

・ファイアー・アンド・レイン - バーディー

 Fire and Rain - Birdy

https://www.youtube.com/watch?v=pIJu0J9u-1Q

★3月12日誕生日洋楽ミュージシャンはこの方!(新規これだけ)

■今日誕生日!(友達のサルサまんさんリクエストありがとうございます)。テキサス州マクレナン郡ウェーコ生まれのロック・シンガーで鍵盤各種(主にキーボード・ピアノ、ハモンドオルガンシンセサイザー等)、SW(作曲家)、ビル・ペインBill Payne 1949)。カリフォルニア州ロサンゼルスに移り憧れていたフランク・ザッパFrank Zappa)のマザーズ・オブ・インベンション(The Mothers of Invention)のメンバーだったローウェル・ジョージLowell George」と知り合い紹介されてフラタニティ・オヴ・マン(Fraternity of Man)の鍵盤担当として参加。ローウェル・ジョージがフリーとなり69年に自身と中心となりフラタニティ・オヴ・マンのメンバーとリトル・フィートLittle Feat)を結成して71年デビュー。セールス面で大きな成功には至りませんでしたが79年にローウェル・ジョージ脱退で解散までにアルバムは徐々に売れて評価されました。87年に自身が中心となりメンバーを集めて再結成して長く活動しています。またリトル・フィートでの活動と並行して多数のミュージシャンとのセッションを積極的に行い

スタジオ・ミュージシャンとして鍵盤奏者不在時代のドゥービー・ブラザーズ(The Doobie Brothers)の‘6人目のメンバー’として初期の多くの録音参加が有名ですね。他に録音参加のミュージシャンとしては↑のジェームス・テイラージャクソン・ブラウンJackson Browne)やボブ・シーガー(Bob Seger)、リンダ・ロンシュタットLinda Ronstadt)やカーラ・ボノフ(Karla Bonoff)やリタ・クーリッジ(Rita Coolidge)等々、またアメリカでの録音の日本人ミュージシャンとの関わりもあるそうです。

選曲いただいた動画はこちらで、3枚目となる73年タイトルに同名アルバム1曲目収録のローウェル・ジョージとマーティン・キビー(MARTIN KIBBEE)の共作。西海岸バンドにニューオーリンズ・サウンドの影響のこの後に徐々にアルバムがチャート上位に上がる前の隠れ名盤の一枚ですね。彼の鍵盤で始まり(-_^)。

・ディキシー・チキン - リトル・フィート

 Dixie Chicken - Little Feat

https://www.youtube.com/watch?v=ioux8xtj0ug